
甘い環境
多恵子の父親から突然の電話があったのは授業後、すべての生徒が帰った夜10時を過ぎていた。
電話を取ると、『お前が中村か。いったい、どういう指導をしているんだ。』かなり興奮している。驚いて事情を聞いてみると、泣きながら帰ってきたという。根性のないヤツだ、と叱られたと。
『今時、何が根性だ。娘は一生懸命に努力してきたのに。』 この日は多恵子の第一志望とする私立高校の試験日で、すでに試験問題を入手していた私は授業後、どの程度得点できているかを確かめるために、もっとも苦手としている数学の解答を再現させようとした。授業中から様子はおかしかったのだが、すっかりふてくされている。
『時間が足りなくて最後まで出来なかったよ。どうせ落ちてるからヤンなくていいよ。』普段から自己中心的なところがあり、気に入らないことがあるとすぐにふてくされる。この一ヶ月は特にひどかった。母親には、がんばり屋で成績のよい子として自慢のようだが・・・。
『甘ったれるな。根性のないヤツだ。』叱った後、私は多恵子に諭すように話してやった。おもしろくないこと、気に入らないことの不満を人にぶつけても何の解決にもならないこと。むしろ、まわりの仲間から敬遠されるようになってますます追いつめられること。もっと強い人間になれ、と。多恵子はプイと横を向いたまま話を聞くでもなく帰っていった。
『私は今まで娘を強く叱ったことはないし、ましてや泣かせたこともない。』父親はそう言って電話を切った。
広島に帰った時から感じているのは、この環境の甘さである。東京の子供たちは良い意味でも、悪い意味でもたくましい。こちらでは強く叱るとすぐにやめて行く。そればかりかこのケースのようにすぐ保護者が出てくるのはなぜなのか。
家庭での過保護が結局はこのような子供を多く生みだしているのではないだろうか。友達感覚の親子関係が家庭の外でも続いてしまい、大人に対してもけじめがつけられなくなっている。そんな子供が多くなった。
数日後、多恵子の父親から電話があった。 『先生、合格通知が来ました。本当に先生の処にあずけてよかった。先生たちのおかげです。』 『…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
(98/9/25)
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